以前執筆した朝日ビジュアルシリーズ「野菜づくり花づくり」
の連載エッセイ「ソローヒルの庭から」を大幅に加筆改稿して1年間52
週刊連載します。自然を愛する人々、田舎に住みたい方々に読んでいただければ幸いです。

文・鶴田静 / 写真・エドワード・レビンソン 禁転載


     「ソローヒルの庭 12ヶ月52週」
  1週     啓蟄    2013/3/4から

 Edward_Levinson_tobi_suisen


 丘に建つ家の東側の谷に沿うのは、菜の花畑、蜜柑山だ。そこに集まる蜂や鳥の羽音が、東風に運ばれて耳に届く。この雄大な里山風景から庭に目を移すと、今年の寒さで咲き遅れた日本水仙やヒヤシンス、クリスマス・ローズがおずおずと花を開いていていとおしい。猫の尻尾のようなネコヤナギの花穂は、薄紫から白へと変わり、白と紅色のジンチョウゲが咲きめて、春の喜びと香りを人の心いっぱいに満たしてくれる。

Edward_Levinson_ _DSC6970

    クリスマス・ローズ
 

 南側の森では、常緑樹と落葉樹の造形と色彩が対称をなしているが、大木の集まりでもまだ何か寂しい。その中で1本だけ、大きな房のかたまりを付けた黄金色のミモザが、これ見よがしに大枝を四囲に広げて楽しげだ。が、その根元では、おとなしい黄色のトサミヅキが、慎ましやかなつぼみをゆるりと解きつつある。
 Edward_Levinson_ _DSC7011

ミモザ


それら植物のわずかな命の波及が、土の奥で眠っていた虫たちを揺り起こす。暦では「啓蟄」という。いや虫だけではない。鳥も動物も、私たちと今年初めての遭遇をするようになった。
昼間から狸が庭をのこのこと歩き、庭を突っ切って森に消えた。リスが裸の木々の間を、するりするりと駈け抜けていく。一日中菜園にいるのはムクドリだ。キャベツに止まり、葉の間に潜む青虫を美味しそうに突いている。大柄のからだでゆったりと、吾がもの顔だ。小さなエナガは群で来るのだが、ムクドリの偉容におどされて、春浅い青空の中へ逃げていく。

 雪国ではまだ大雪と格闘しているが、この暖地では春本番の前触れのように、暖かい日が続いているから、終わりとなる冬野菜の整理を開始しよう。ダイコンの葉は枯れる。ブロッコリーの頭はもうないが、脇芽が次々に伸びているのでそれを食べる。ナノハナとホウレンソウ、サラダ菜は、雪と霜に鍛錬されてまだ元気だ。しばらくは私たちの大切な蔬菜となってくれる。どれも根を残しておけば、やがて蕾が花になる。
 空いた地面の草取りをし、土を耕す。
 Edward_Levinson_ _DSC1280



 土を耕す、などと大きなことを言うけれど、実は私たちの菜園は長い畝が何本もあるような、いわゆる畑ではない。元棚田の七段の細長い敷地が庭になり、その段々のあちこちに菜園が点在する、花壇形式の小さな区画なのだ。つまり、土製のプランターを地面に置いた、というところか。こんな形になったのは、田んぼ跡の堅い粘土を掘り返すのが困難なので、ダンプカーで土を買ってきて盛り、にしたからだ。そこに二、三種類の野菜を一緒につましく育てている。所々に花の苗を紛れ込ませ、花も咲く菜園にしてある。狭い区画なので、耕すのも手入れも収穫も、容易に出来る。花よ野菜よ、と欲張りなかつ楽な栽培方法である。

 しかしこんなやり方をフランスでは「ポタジェ」と呼んで、よくやられている。コレットの本やジュノーの『木を植えた男』などにも書かれている。
 土を掘り返したら、おやおやカブトムシの幼虫が、ぐっすりと寝入っているではないか。時は啓蟄だけれど、もうしばらくお休みと土をかけてやる。次に会うのは、成虫になる夏だろう。

                    (来週に続く)


文章が部分的に収録され、24節気別の料理掲載の単行本です。
 『庭の恵みを楽しむ料理asahi_cover_web