★以前執筆した朝日ビジュアルシリーズ「野菜づくり花づくり」
の連載エッセイ「ソローヒルの庭から」を大幅に加筆改稿して1年間52回
週刊連載します。自然を愛する人々、田舎に住みたい方々に読んでいただければ幸いです。

文・鶴田静 / 写真・エドワード・レビンソン 禁転載


     「ソローヒルの庭 12ヶ月52週」
  第4週     2013/3/25から
すみれよ さくらよ そしてイノシシ


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 森に光る萌え木のあわいで、ヤマザクラが天女の衣をひるがえしている。春が爛漫を迎えつつあるのだ。野山に花が満ちているので、近所を歩き回るのが楽しい。踏み跡のない草地では、スミレの花が大きな絨毯に刺繍されている。「山路来て何やらゆかしすみれ草」、と芭蕉の句を口ずさみながらそれを確かめに来たが、未だ健在で喜ばしい。その端から一株だけいただいて、庭に移植したのが、年々増えている。

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 野生のスミレは小さな可憐な花だが、その種は強く、はじけて四方へ飛び放たれ、あるいは蟻に導かれて、たくさんのスミレを自然繁殖してくれる。そんなわけで、我が庭には、楚々とした野生のスミレしかないのだが、それがかえって自慢なのだ。この頃に私がよく聴く、ゲーテの詩によるモーツァルトの歌曲「すみれ」に歌われるのも、こんな野のスミレだろうと思う。
 愛犬が庭の隅の草むらに鼻を突っ込み、必至で何かを探っている。もしや野ネズミかそれともモグラか。チューリップやムスカリやユリなど、球根類の芽の出方が思ったより少ないのだが、野ネズミのせいだろうか。モグラはありがた迷惑にも、苗床を土の中で耕している。モグラの大好きなミミズがたくさんいるので、満腹していることだろう。庭の景観が損なわれるが、モグラオドシを立てなければなるまい。
 というのは以前の話で、最近は、彼らの十何倍もの大きさのイノシシが、挨拶もなくのっそりとやってきて驚かされる。時には子だくさんの家族連れだから(写真は子ども)、どう対応していいか分からない。もっとも、たいていは夜の訪問者なので、知らぬ間にお帰りだが。朝見つける置き土産は、大きく掘り返された穴、穴、穴。イノシシのために、田畑の休耕を余儀なくされた農民の叫び声が、だんだんに大きくなる。

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 のびのびと育ったサラダ菜やワケギが優しい風にそよいで、ひとの食欲をそそる。未開墾の地面に生えるセリとミツバも、ボランティアで食卓を潤してくれる。野山で山菜を収穫していると、ふと、原始の食糧調達のための採集生活はこうであったか、と想像がいく。人間も動物も一緒の未開の暮らしでは、彼らは食物を、分け合いかそれとも競争で得ていたのだろう。しかし今では、人間が社会を作り、楽に、便利に暮らせるようになった。
 あれほどの喜悦をもたらしてくれたハクモクレンの花は、ついに散り果てた。蕊と葉芽を三本ずつ突き立てて、あの真白の花被の痕跡を示している。
そしてー。 

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向かいの森の山桜と庭のレンギョウ


 ついにわが庭のソメイヨシノに、蕾がビッシリと付いた。花催いだが、花冷えに蕾はまだ身を堅くしていて、それだけに、開花への期待感は日に日にいや増すばかりだ。咲き急いだ二つ、三つの花が震えているのはあわれ。
 東京へ行ったら、何日か暖かい日が続いたために、観測史上最速の桜の開花となり、お花見で賑わっていた。けれどもわが桜は、急がずゆっくりと開けばいい、愉しみが長く続くように。         
(次週に続く)


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