読書欄「こころの1冊」月1回

004-5年の掲載文を毎月転載します。

------------------------------------------------------
『ちゃぶ台の昭和』
小泉和子編 河出書房新社

 2005年は戦後60年である。あの貧しさから起き上がり、日本はずいぶん豊かな社会になったものだ。とくに食の変化は著しい。本書は昭和という時代 を、当時の食の中心をなしていた「ちゃぶ台」から展望している。豊富な図と写真によって、同時代人には郷愁を、現代人には歴史的関心を誘うだろう。
 明治前半までは食事は銘々膳で取っていたが、中期にちゃぶ台という座卓が現れ、その回りに全員が座って一つの同じ場で食事をするようになった。それが普 及したのは大正デモクラシーの影響が大きかった、という。ちゃぶ台でとる食事の場の一家団欒には、家父長的な独裁や立場上の差別は起こらず民主主義的であ る。四角いちゃぶ台もあるが、丸いちゃぶ台が一般的だった。人が丸く座るということは、どの文化でも平等を表すのである。だからちゃぶ台は、戦後の民主主 義の思潮の中で大いに愛されたのだ。それはまた、都市部の狭い住宅事情にもあった。脚を折り畳めばすぐにしまえ、部屋は別の目的で使える。
 ところがやがてアメリカ文化が浸透し、脚の長いテーブルが取り入れられるようになった。丸いちゃぶ台で床に座ってしていた食事は、椅子に座り、だいたい が角型のテーブルでするようになった。この先鞭となったのは、農家の台所改善策からだとは意外である。野良仕事の土足のまま食事が取れるように土間が改善 されたが、それがテーブルと椅子の設置だった。茶の間からダイニングへの移行の前触れである。
 本書には漫画や映画の「昭和を代表する暮らしの道具」としてのちゃぶ台のシーンが登場する。そこから私たちは、ちゃぶ台がささやかな家族の幸せと平和の 象徴であったことに思い至る。そのちゃぶ台が姿を消すと同時に、家族が崩壊し食が廃りだしたことも。
 ちゃぶ台という暮らしの道具から、平和や平等の精神、家族と食の大切さを説く編者の思いが切々と伝わってくる。60年間の無戦争をこのままずっと続けた い。