こ の月あの時
「芸術と食欲の秋」

© Edward Levinson

群青色 のキャンバスに、白い絵の具でもわっとしたものが描かれている。白鳥に見えるし、食べ物にも見える。こんな連想自在の絵を描いたのは一体誰だろう?実は キャンバスは空で白い絵の具は雲。だから描き手は自然という〃天上の画家〃。芸術の秋と言われるからではないが、秋になって気候が穏やかになり身も心も平 常に保たれると、なぜか絵を描きたくなるのは私一人だろうか。
もとも と絵が好きで、身内や周囲に画家がいる私は、学生時代など一時は画家になろうと思ったことがあった。だがその夢はついえてしまった。それでも、庭に咲いて いる繊細なコスモスの花や、艶やかな肌をした人参や大根、林檎や柿、愛らしい犬や鳥などを見ると、とっさに机の上のクレヨンや色エンピツに手が伸びる。そ して一心不乱になって下手な絵を描くのだが、それは瞑想のように私の心を落ち着かせてくれる。そしてまがりなりにも一枚仕上がると、達成感をもち、大きな 喜びがわいてくる。
そんな 心理からだろうか、最近は〃大人のぬりえ〃が人気だというのもうなづける。色を塗る度に、色の不思議さを思う。一体誰が色というものを生み出したのだろ う。花だろうか、果物だろうか、蝶や虫や生き物だろうか。いずれにしろ自然現象の為せる技には違いない。そして色が人間の心理に直接作用するというのだか ら興味深い。
私には 色彩心理学者の友人がいる。末永蒼生氏は多数の著書を出し、色彩学校を主宰し、長年アトリエで子どもや大人の絵を見てきた。氏によると、人間の心理と色は 密接に結びついているという。もともと各色自体に意味があるのだ。
幾つか ある意味の中で、私が勝手に一つを挙げると、赤は生のエネルギi、黄は欲求の高まり、緑はやすらぎの色、青は冷静、白は純粋、黒は圧迫に耐える、というよ うに表されるという。そして描かれた絵で深層心理を分析し、セラピーをすることができるのだ。
氏とボ ランティアグループは、阪神・淡路大震災に遭った子どもたちに、被災地のあちこちで絵を描いてもらい、心のケアをした。あれから10年経ち、絵を描くこと によって癒された子どもたちはどのように成長したのだろうか。
子ども といえば、最近問題になっているのが子どもたちの弧食・個食だ。子どもたちが自分の食事風景を描いた絵を見ると、どの子の絵にも料理の数は極端に少なく、 色も淡色や単色が多く、本当に寂しい食卓が描かれていて気の毒になった。これでいいのか、と子どもたちの将来が心配である。
画家の 絵も色の作用を知って観ると、より理解が深まる気がする。もっとも、単純に眺めて心のうちにわき上がる感動に酔い痴れれば、それで十分だろうが。
絵画と いう四次元の世界から戻ると、三次元の世界には色彩があふれている。それは〃天上の画家〃や〃大地の画家〃が描いた自然である。夕焼けが描いたピンクや紫 色の空。真っ赤に塗られた紅葉の山々。瑠璃色のリンドウやツリガネニンジンの花。白や黄や紅の菊の花。赤いとんぼや輩翠色のバッタ。サツマ芋や里芋やキャ ベツや春菊やカボチャなど色とりどりの野菜。
そう だ、料理にも色の効用を採り入れてみよう。それにはまず、色をきれいに調理しなくては。青菜を下茄でする時は、塩入りの熱湯で蓋をしないで茄でると緑色が きれいに出る。サツマ芋やジャガ芋は、切りながら水に晒しておくとアクが抜けて汚くならない。力リフラワーやレンコンは酢入りの水で茄でると白くなる。
こうし て色美しく出来上がった料理は、盛り付けにも気を配る。料理が映えるような色の器を使う。赤っぽい料理には緑の葉を、茶色っぽい料理には黄や赤の食品や花 を添えてアクセントをつけ、料理を引き立てる。お箸やナプキンなどの小物の色も考えて。全体に寒色系よりも暖色系にまとめると食卓は楽しい雰囲気になり、 食欲がわくのだという。芸術の秋はまた食欲の秋なのである。食事作りも画家になった気分でやってみよう。  
                                                            yuai誌05/10月号