★以前執筆した朝日ビジュアルシリーズ「野菜づくり花づくり」
の連載エッセイ「ソローヒルの庭から」を大幅に加筆改稿して1年間52回
週刊連載します。自然を愛する人々、田舎に住みたい方々に読んでいただければ幸いです。

文・鶴田静 / 写真・エドワード・レビンソン 禁転載


     「ソローヒルの庭 12ヶ月52週」
6月の
ソローヒルの庭で 第14週 2013/6-3から 芒種
森の騒立ち 大豆の種蒔き
 6月は長雨の季節だが、6月の異称が水無月(みなづき)とは? 調べると「無」は無いではなく、助詞の「の」で「水の月」のこと、6月は田に水を入れる月だからという。霖雨の前触れか、百鳥の鳴き声で森が騒立(さわだ)っている。ホトトギスは確かに、トッキョキョカキョクと聞こえるので思わず笑った。
6日は二十四節気の芒種。穀物の種を蒔く良い時期だという。私たちは、稲や麦のような穀物ではないが、大豆の種蒔きをする。森の高見から見ている鳥たちに食べられないよう用心しなければ。いつも鳥たちに先取りされてしまうので、鳥と大地と私たちそれぞれのために、1つの穴に3粒ずつ蒔くことにしている。

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入梅を気にかけながら、雨降り前の花と野菜の世話を怠りなくする。葉の柔らかい新キャベツは、虫退治に専念した成果で大きな球を結んだ。5月に掘り出したタマネギは乾燥し、薄皮を次第に硬くしている。 
ハーブ・ガーデンで蔓延りすぎているミント類を減らし、バジリコや青ジソの苗を植え付けた。青い花を咲かせている古株のローズマリーは順調だ。ハーブを幾種類か混ぜ合わせて、紫タマネギのマリネの風味付けにしよう。 
たけなわのアジサイは青色系に加え、白の洋種アナベルが、巨大な花頭を満身に咲き誇っている。昔、シーボルトが、学名オタクサすなわちお滝さんという日本のアジサイを西洋に紹介したが、近年、アナベルさんという名のアジサイが日本にもたらされたとは、これも一種のグローバル化だろうか。
世の中では相変わらず、国家間のもつれ、各国の国内での事件や事故、反体制に抗するデモなどが騒がしい。それは私の関心事なので、私の心の中も騒がしい。
 そんな中で、淡い紅色の昼咲きツキミソウが自家繁殖してあちこちに群を作り、笑顔で黙して、本来の生き方を示している。

ソローヒルの庭で 第15週 2013/6/10から 

野菜のオブジェ 「モリスの庭」の庭

 そろそろ入梅になるでしょう、という予報。ジャガイモとニンニクを収穫。ジャガイモの葉茎は、ちょうど黄色くなったので掘り出し頃だ。30キロの収穫だった。ニンニクを方々に散らばる苗床から抜いて集めたら、丸々と太った球が百個はあるだろうか。
 ジャガイモは、大笊の何枚かにならべて日陰で干す。ざっと土を落とし、新聞紙にくるんで段ボールに入れ、納戸へ。ニンニクはタマネギと同じように、茎から吊して乾燥させる。それには茎の何本かをまとめて縛り、タマネギと並べてキッチンの壁にぶら下げる。ハーブや赤トウガラシなども一緒にすると、かっこうのインテリア・デコレーションになる。しかも乾燥はしているけれど、生きているものから発する生命力が感じられるのだ。
花ばかりでなく、野菜もすてきな装飾になるのはうれしいことだ。私は、採りたての美しい色や面白い形をした野菜を、瓶に挿し、器に入れ、それらを料理するまで食卓やチェストに置いて、まず見て楽しむ。生け花をするように、何種類かの野菜を組み合わせ、オブジェ風に飾るのも、創造的で愉快なことだ季節の野菜ごとに新作が生まれる。

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 ユリの芳香も、形の美しさに勝るとも劣らない魅力。花一つで部屋に香りが充満すると、別世界にいる気分になる。 
 雨を最も好むアジサイ(学名の意味は水の器)は、10株ほどのすべてが各々の色調を鈍色の周囲に溶け込ませ、滲ませて、あでやかなその佳容を誇っている。そしてわが庭の一番の見所、あちこちにあるタチアオイの群生だ。白から薄黄、淡い紅色から青黒い紅色までの数色が混ざりあい、3メートルにも届く茎を寄せ合わせて立ちすくんでいる。明るい初夏の青空に溶け込んでいるまろやかでふさふさとした花々は、天女の集まりのよう。
 そんな最高潮の庭の様子が、某誌の記事になり、そのために夫と編集者の皆さんと1日かかって撮影をした。10頁のすばらしい記事になること間違いない。テーマは拙訳書「ウイリアム・モリスの庭」の概念をもとにした私たちの庭。さあ、どんな庭でしょうね。9月号をお楽しみに。


ソローヒルの庭で第16週 2013/6/17から 夏至

果物を煮る  雨の日も楽しからずや

 雨間(あまあい)に庭をそぞろ歩くと、五月雨(さみだれ)に浴した果実が、あちらこちらで光っている。初咲きの花に劣らず、美果は私の心を喜びで満たしてくれる。橙色のビワ、紫色のブルーベリー、黝(あおぐろ)いクワの実。それらを数日かけて摘むのだが、収穫の三分の一は、摘みながら口の中へ直行してしまうのが常だ。ジャムやお菓子にするのに足りるかしら。十分に溜まるまで、日々の収穫を冷蔵庫で保存しておこう。するとやがてそれぞれの実が、ジャムやコンポートやゼリーとなって、透き通るガラス容器の中に、あでやかな晴れ姿を披露する。 
 ベリー類、柑橘類、瓜の類(たぐい)、木の実など果実は四季折々に豊富にある。一年に一度の授かり物だから、けっして取りこぼせない。果樹は野菜と同様、自分で育て、実を食用とする事が出来る。食糧自給の基本的な品目となるので、庭でも鉢でも積極的に栽培したいものだ。もちろん、実になる前の花も楽しめるし、種からまた木になるので一挙両得どころか、三得にも四得にもなる。人間はなんという果報者だろう。 
 梅雨時は底冷えする日が多い。「今日は料理をするのにいい日だわ」と、私は果物を煮る。オープン・キッチンなので、室内は暖まり、甘酸っぱい匂いが立ちこめ、部屋はたちまち果樹園に変わる。暗い雨の日も楽しからずや。 
 そして夏至。1一年で最も昼間の時間が長い日。しかし今年のように曇りがちの暗い日であれば、私は昼間からキャンドル・スタンドに蝋燭を灯す。(節電にもなる。) 出来上がった何種類かのジャムを味わうために、クレープを焼き、ジャムを添えておやつの時間を楽しむことにする。窓外に庭の景色を眺めながら。 
 慈雨に喜々として咲き乱れる花、花、花。水滴のベールに包まれたアジサイもタチアオイもユリも、輝やいている。とくにタチアオイは年々殖やしたので、花茎で数えると2百本余りの群生になった。この時期の庭で、一番見応えのあるまさに花園である。新顔はクチナシとグラジオラスだ。葉陰でちらちらと瞬いているのは、梅の実ではないか。青梅は、もう少しの成熟を待ってから採り入れよう。
 梅雨という、1年の真ん中に固有な季節を愛でることが出来るのは、日本が位置する地理と風土の恩恵である。梅雨を四季に加えて五季になるのだ。

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咋年のソローヒルガーデンビデオをご覧になれます!
http://www.t-shizuka.com/blog/Hollyhock_Walk_June_2012/Hollyhock_Walk_June_2012.mov or view and share on YOU TUBE here



ソローヒルの庭で 第17週 2013/6/24から 

梅霖の楽しみ  雨滴に負けない花々

 例年、梅雨時の私の庭のハイライトは、ネムの花である。日本原産のネムの木はどこにでも生え、高木になり、美しい花を咲かせるが、上の方にある花を見ることはなかなか難しい。けれどもここのネムの木は、家の真ん中に作ったウッド・デッキの下から生えているので、樹冠に付く花でも、間近に見ることが出来るのだ。 
 家の建築中、切り株から出ていた小さいひこばえを見付けた。ネムの木だった。木が育ち自由に伸びていけるように、大工さんに頼んで、切り株の真上のデッキに半畳分の四角い穴を開けてもらっておいた。すると翌年には、デッキから杪葉(うれは)が顔を出し、幹はどんどん成長し、今では剪定に忙しいほどだ。剪定の目的は、花を見る者の目の高さに咲かせること。絹糸の束のような、お化粧用の刷毛のような、個性的な花を。葉は夕方になると、真ん中からぴったりと両側を貼り合わせるように閉じる。「合歓」と書く所以か。幻想的な花といい、葉といい、鑑賞する者誰もが、その神秘性に感嘆の声を上げる。 

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 梅霖の中での愉しみは、またクチナシの花にも大きい。一重の小柄のコクチナシの花は、白く光って綺羅星のようだ。ふくよかな八重クチナシは、白いベルベットの豪華さ。ユリと共に、えも言われぬ香りだ。香りと言えば、どこからか、何とも形容できない独特の匂いが流れてくる。向こうの栗林でひっそりと咲く、黄白色のクリの花だ。「西の木」と書く栗は、西方の極楽浄土にあるという。わが家の西に栗林があるのは幸いなことなのだ。 
 それぞれの花や木を愛でて喜ぶ一方、悩みもある。ヤナギ、ヤマボウシ、ハナミズキの葉が黒く変色してしまったのだ。虫か黴菌かどちらかだろう。遅きに失して手の打ちようもなく、葉を取り除くことしか出来ない。中くらいの大きさの木といえ、長い枝をたぐり寄せて掴み、病葉(わくらば)を一枚一枚手で取り除く作業には、目がくらみそうだ。それでもヤナギは萌芽力が強いので、すぐにまた新芽が出るだろう。ハナミズキの煤けた皺しわの葉のそばから、すでに新しい葉が出ている。
 キュウリやサヤインゲンの実が、葉を傘にして雨を除けている。花々も雨を受け、雫(しずく)を花びらに宿す。生きものの生命力は、雨滴にも負けない。  (次週へ続く)


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(写真:エドワード・レビンソン)
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