★以前執筆した朝日ビジュアルシリーズ「野菜づくり花づくり」
連載エッセイ「ソローヒルの庭から」を大幅に加筆改稿して1年間52回
週刊連載します。自然を愛する人々、田舎に住みたい方々に読んでいただければ幸いです。

文・鶴田静 / 写真・エドワード・レビンソン 禁転載


「ソローヒルの庭 12ヶ月52週」

第2週 植物のボランティア 2013/3/11から       


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早暁、外がいつもよりざわめいている。数種の鳥の声が混じり合い、競い合い、高々と囀って春を告げ、春眠の民(たみ)の起床を促す。その隙間に聞こえてくるのは耕運機のエンジン音だ。近くの田んぼでは、いよいよ代掻きが始まっている。凍っていた粘土がやわらかく溶かされ、苗を懐(いだ)く日を待つ。

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しかしその音は、私の耳から心の中へ、別の機械音へと変わってゆく。

 2011年3月11日に起こった東日本大震災の2周年に当たる11日。私はあの日のことと、約1年後の昨年に訪れた東北被災地4個所を思い出す。家も人々も自然も跡形無く、そこはただ瓦礫の大地であり海と化していた。荒涼とした中で、数台のトラクターやクレーン車と何人かの人々が動いていた。大きな音はしていたのだろうが、強い海風の中で、それは映画のスローモーションのようで、私にとっては現実感がなかった。なぜ、どうして、こんなになってしまったのか? 現地の人々にとって、それはあまりにも酷で悲しい現実だったのだが。 (このリポートはこちらでお読みになれます。)
 その年、私は、園芸家柳生慎吾氏の立ち上げた「スイセンプロジェクト」に参加し、被災地にスイセンの花を咲かせるために、庭の球根を107個掘り出して送った。

 先週から今週にかけて訪れた突然の真夏日のおかげで、庭の草花が一斉に花をほころばせている。まず、ニホンスイセンだがついに房付きの花を萎れさせている。花殻摘みをする。それに替わって、真っ黄色のラッパズイランと真っ白な房咲きスイセンが笑顔を見せている。被災地ではまだだろうな、でももうすぐ咲くだろう。
クリスマス・ローズはすっきりと立ち上がった。でもその顔は、恥ずかしげに俯いたままだ。

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「ほら、ボランティアのコマツナがこんなに大きくなっているよ」。夫の言葉に見やると、菜園の囲いを飛び出して、緑の野菜が何株も仁王立ちになっていた。去年のこぼれ種からいつの間にか育ったのだ。自ら望んで「ボランティア」として出てくる野菜は、四季を通じていくつかある。ナバナ、ダイコン、トマト、カボチャ、ゴーヤ。そして多数の草花や野草。そうだ、私たち人間も植物のように自然に、他者に力をわけあたえなくては。

 私と夫の農的暮らしは自分キャパ(シティー)」内でのことである。それを自産自消と呼称している。多すぎるほどの収穫はないが、日々の食事をまかなうに足りる量の野菜や果物が採れ、質素な室内の空間を飾ってくれるだけの花や樹木が育つ。自給自足にはほど遠いけれど、ずぶの素人のやり方でまがりなりにもやっていけるのは、こんな自然界の、たくさんのボランティアのおかげなのである。
 庭仕事をしていて常に思うのは、人間以外の生きもの、植物や動物と共に生きてこそ豊かな暮らし、と言えるということ。人間だけの世界では、体験も知識も感情も希薄なのではないだろうか。今持つ経済で計るだけが、豊かさではない。むしろ、経済以外の資源や時間や感性があれば、それは豊かさをもたらしてくれるだろう。と考えながら草取りを進めていくと、いつの間にか萌え出ている(ボランティアの)ノビルやフキと出合った。食事のおかずにしよう。

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 紅梅も白梅もすでに花がこぼれ落ちている。そして「桃の花が笑い(咲き)始める」72候なのだが、わが家には桃の木はない。が、季節を先取りして一番目に咲く河津桜が、桃の花のような色と大きさでほほえんでいる。 

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 毎年心待ちにしている2本の大木のハクモクレンの蕾が白ばみ、群れをなすレンギョウの花芽が黄ばみ、開花の姿が思い浮かぶ。その瞬間に遇(あ)うように、私は毎日、息をのんで見守っていよう。木々の根元には下草の芽が湧き出、あたり近辺ところかまわず、オオイヌノフグリの無数の瞳が、瑠璃色に輝いている。(次週に続く)

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